青い高架線

触れたその先

目が覚めると、目に飛び込んできたのは知らない天井──いや、違う。知ってる。そう、とてもよく知っている。ただ、自分の宿舎の天井じゃないだけだった。

──アナキンの部屋だ。

「……何で」

頭を掻いて起き上がる。朝だが、まだ早いのか外が暗い。部屋を見渡してみると、やはりアナキンの部屋、アナキンのベッド。ベッドから離れた作業用のデスクにハイドロスパナや工具がごちゃごちゃと置かれている。泊まったんだっけ?あくびをしてから、「まあいいか…二度寝でもするか」とぼんやり考えた。

しかしそこで──重大な事実に気づいた。

服を着ていない。

「うわーーー!!!」

思わずシーツを引っ張って体を隠した。アナキンの部屋で、ベッドで寝てて……裸?思考を回転させ、昨日のことを思い出そうとしてみた。が、何も思い出せない。いや、そんなわけあるか。何かは思い出せるだろ、何か……。

予想が外れていてくれと願いながら、ゆっくりと横に顔を向ける。そこにはアナキンが私に背中を向けて眠っていた。筋肉質な背中。アナキンも裸だった。

なんとなく、今のがなかったことにならないかなと思って視線を戻し、それからもう一度アナキンを見てみた。

やはり裸だった。幻覚ではない。そのまま自分の額を抑えて私は小さく唸った。

昨夜は……昨夜はどうだったっけ?

たしか、長期の前線からジェダイ寺院に戻ったばかりだった。そう、それがかなりの消耗戦の任務で……。塹壕で何日も、クローンたちと泥にまみれながら粘っていて……。補給は途中で途切れるし、空からの支援は天候不良で飛ばず。そのうえ敵のドロイドは自律再展開してきて。かなり厳しい状態で膠着しつつも、一か八か夜に奇襲を仕掛けて……無事勝利を……。

そう、そこまではいい。

問題はその後だ。

アナキンに「勝利祝いで飲まないか」と言われて、そう、彼の部屋に。でも、そういう出来事自体はよくあることだった。タトゥイーン以来の幼馴染だ。お互いの部屋に泊まって、他愛もない話をする…全く珍しくない話だった。

そして昨夜もそんな雰囲気は一切なかった。でも、今はどうだ。裸だし、同じベッドで寝ていた。証拠が揃いすぎている。

「まずい……まずすぎる」

青ざめて一人呟く。

すると、アナキンがこちらに寝返りをうつ。ゆっくりと目を開けて私を見上げた。

「おはよう、#NAME1#」

やけに甘い声だった。

まずい……何かが変わっている。もしくは、全てが。

「おはよう……アナキン、あの……」

アナキンは私の言い淀む声にくすりと笑った。まるでリラックスさえしてるかのように。私の反応を楽しんでいるようにさえ見えた。

「昨夜のこと、覚えてないのか?」

アナキンはベッドに腰を起こし、私を見つめながら口元に笑みを浮かべた。

「楽しんだじゃないか、お互いに」

「何を!?」

思わず頭を掻きむしる勢いで叫んだ。

「え、サバック!?それとも枕投げか!?」

慌ててありそうな可能性を列挙してみる。それが無駄なことだと知りつつも。アナキンはそんな私を見て、さらににやりと笑った。私が現実を無視しようとしている様子を、彼は面白がっているように見えた。

「なるほど」

少しの間だけ私に合わせてやることにしたのか、アナキンは含み笑いをうかべながら頷いた。まるで本当にその可能性を検討しているかのように。

「確かに。さて、僕たちは昨夜酔いながらサバックをやったかもしれない。ただ、どうやってベッドの上でカードを配ったのか……どうだろう?まあ、それはそれとして」

そして、いたずらっぽく私を見つめたあと、こう言った。

「それで、どっちが勝った?」

甘く、挑発的な囁きだった。いや、認めない。私はしらを切り続けることに決めた。そうすれば、昨夜起こったかもしれない、なんらかのハプニングがなかったことになるだろうと私はまだ信じ続けていた。

「さあ……どうでもいいことだろう」

「でも#NAME1#、どうでもよくないことだとしたら?」

アナキンは私にぐっと顔を近づけた。私が必死に明白なことへの話題を避けようとしているのが面白くてたまらないようだ。

「昨夜、君は僕に負けた。サバックでも……ベッドの上でもね。つまり、我慢できなくなった君の方から……」

「うわー!!!やめろやめろ!!一旦ストップ!」

慌ててアナキンの口を手で塞いだ。アナキンはちょっと驚いたようだったが、すぐに目を細めると、私の手首を掴んで、ゆっくりと引き剥がす。余裕がある仕草だった。何故この男はこの状況で慌てずにいられるのだろう。

「わかっただろ?君が思っているほど僕は紳士的なんかじゃない」

「一回も思ったことないが」

「そう?じゃあ、なぜこんなに動揺してる?」

アナキンはぐっと私を抱き寄せ、肩口に顔を擦りつけた後、そっと顔を埋めた。

首筋に彼の髪が触れて、くすぐったさに思わず身を震わせる。そのまま、肩口に唇を寄せたまま、アナキンが低く囁いた。

「昨日、あんなに甘えてきたくせに」 

「誰が!」

「最後には僕に懇願してたくせに」

「話を脚色するな!」

猜疑心と羞恥心に突き動かされて、私はアナキンを無理やり引き離した。

アナキンは少し苛立ったように髪をかき上げる。

「意地でも認めないつもりなんだな」

「私が覚えてないならそれは起こってないとほぼ同義だ」

アナキンはむっとしたまま少し黙った。それからため息をつくと、その顔に再び得意げな笑みが戻る。

「そう?でも、昨夜の君の甘え方……もし、もう一回お願いされたらまた──」

「しない!!絶対しない!!」

「でも昨夜お互いに気持ちを確かめ合ったじゃないか。僕たちはもう──」

「だからその『僕たち』って主語やめろ!」

かっと頭に血が上って、そうまくし立てる。何か言えば全部アナキンの思うツボ。 何も言わなければそれもまたアナキンの思うツボ。どこにも逃げ場がない。そういう時は撤退するしかない。

私はベッドから飛び起き、乱れたシーツを直す暇もなく、ずんずんと大股で歩いて寝室から出ようとした。

「じゃあな!!何もなかった!!私は潔白だ!!」

捨て台詞のように叫ぶ。聞く耳を持つまいと、無視するのが一番だ。いつもうまくいかないが。しかし、アナキンはベッドの端に座ったまま、面白そうに私を見ていた。

「気をつけたほうがいい。#NAME1#、まだ裸だよ」

その言葉に反射的に立ち止まり、あわててそこらに転がっていた自分の服をかき集め、着替え始めた。

「見るな!!」

「もう見た。2回目だ」

「うるさい!」

「着せてあげようか?脱がした責任として」

「ああもう!これ以上もう何も言い返してくるな!」

背中越しに怒鳴り返して、私はそのままドアを開けて逃げ出す。背後から聞こえたアナキンの笑い声が、しばらく耳に残った。あわてて廊下に飛び出してから、私は息を整えた。

──誰にも見られていないよな…。

辺りをきょろきょろと見回す。運良く、寺院の廊下には人の気配がほとんどない。けれど、安心するには十分じゃなかった。もし誰かに、朝っぱらからアナキンの部屋から出てくるところを見られていたら。仲がいいので、作戦会議だとか前線のフィードバックだとかと言って誤魔化せるかもしれない。でも、怪しむ人だっているだろう。想像するだけで、胃がきゅっと縮こまる。

いや、人はいなかったしな。大丈夫、大丈夫……きっと誰も見てない……。

自分に言い聞かせながら、足早に寺院の中を進んだ。できるだけ自然に、目立たず、いつも通りに。 

しかし。

「#NAME1#」

曲がり角の先から声をかけられて、飛び上がりそうになった。

振り返ると、そこにはオビ=ワンが立っていた。

「……オビ=ワン」

なぜか妙に居心地悪そうな声になってしまう。

まさか、アナキンの部屋から出てきたところを──そんなことはきっとない。たぶん。

オビ=ワンはそんな私の動揺など気にする様子もなく、穏やかに笑った。

「早いな。どうした、そんなに慌てて。長かった前線帰りなのに」

「べ、別に!訓練の準備…とか!」

あからさまに怪しい言い訳をしてしまった。

だが、オビ=ワンは微笑みを深めるだけで、それ以上何も言わなかった。

──多分、気づかれてない。よかった。

私はほっと胸を撫で下ろす。そして思い出したように不満をぶつけた。

「オビ=ワン…貴方はアナキンのマスターだろう?最近、あいつ、こう…勝手っぷりがすごいんだ。ハイパースペースに放り投げるとかして、一旦大人しくさせてくれないか?」

「一旦どころかアナキンが永久に大人しくなるぞ、その方法は」

オビ=ワンは面白そうに目を瞬かせて、腕を組むと、皮肉交じりに笑った。

「アナキンがまた何か?」

「えっ……いやっ、なっ……なんでも。ただ、なんとなく!」

思わず声が裏返る。視線もあわあわと泳ぐ。オビ=ワンは決してフォースを使って私の心を勝手に読んだりしないけど、念の為に心の防壁を強く保った。

「アナキンは、あれでいてとても君を大事にしている。タトゥイーンからずっと一緒だったこともあるかもしれないが、君が一番彼を理解しているからだ」

「そう……うん……いや、そうか…?」

「迷惑をかけるかもしれないが、それは彼が君を信頼してるからこそだ。アナキンは……不器用なんだ。自分の感情に正直すぎて、周りと折り合いをつけるのが上手くない。誰かを頼りにすることもだ。そんな彼にとって、君みたいな存在は貴重だ」

「……」

「もっとも、君も誰かを頼ったりするのは苦手なようだが」

「それは……別に」

オビ=ワンは、やさしい目をして私を見ていた。彼は私とアナキンの微妙な関係性や雰囲気に時々気がついているんじゃないかと思う時がある。

確信はなくともおそらく、うすうす。だって、アナキンはわかりやすいし、オビ=ワンはとても聡い。それでもオビ=ワンがこちらを咎めないのは、自分を信頼してくれているからなんじゃないかと、いつも思う。

「おっと……マスターヨーダに呼ばれているんだったら。またあとで会おう、#NAME1#」

「……気をつけて」

私の不器用な返事に、オビ=ワンは小さく笑って、私の頭を軽く叩く。それからすっと背を向け、何事もなかったように廊下を歩き去った。

彼の背中が見えなくなったところで、私はようやく息を吐いた。それからようやく、自分の頭の中の未解決案件に目を向ける。

昨夜、本当に……?いやいや、まさか。一人で考えて、頭をぶんぶん振る。

「アナキンが嘘ついてる可能性だってある!なんであいつの言葉を間に受けてるんだ!あんなめんどくさい男の言い分を信じるなんて……」

「信じなくてもいいさ。君がそう思いたいなら」

「げっ」

私が部屋を飛び出した後、ついてきてたらしい。寺院の通路の柱のそばから、ゆっくりとアナキンが現れた。薄く笑みを浮かべつつ。まるでタイミングを計っていたかのように。

「まだなんかあるのか……」

「酷いな。ジェダイローブを君が僕の部屋に忘れてたからそれを伝えにきてやったのに」

「へっ?」

「ほら、昨夜のせいで。脱いだまま僕の部屋に置いてあった。ベッドの横に」

「ああ…。……それは……ありがとう。って…じゃあ持ってこい!!伝えるだけじゃなくて!」

アナキンは軽く肩をすくめた。

「悪かったね。『めんどくさい男』だから」

「き、聞いてたのか」

「ああ、最初から。僕をハイパースペースに放り投げるだって?傷ついたよ。一夜過ごした仲なのに」

「小声で話せバカ!!」

私はひそひそ声で詰め寄った。するとアナキンは少し身を乗り出して、ささやくように言った。

「今夜取りに来れば?」

思わず絶句した。アナキンは構わずに続ける。

「君がローブ取りに来ないなら、そのまま取っておこうかな、使い道がありそうだし。もしかして、抱きしめて眠るのに丁度いいかもしれない」

「お前……!」

そして非難の言葉を続けようとすると、アナキンはますます楽しそうに、わざと声を低めた囁き声で言った。

「今夜待ってる」

──こいつ。

顔が赤くなるのを止められない。それでも感情を悟られないように、私は視線を落としながらぐっと睨んだ。

アナキンは、私の厳しい視線を余裕で受け止め、ましてや片目を瞑りウインクさえ返してきた。それから軽く片手を振ると、ふらりと廊下の向こうへ歩き去っていく。後ろ姿は、言いたいことだけ言って満足げな勝者のそれだった。

私はその背中を睨みつけたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。

⸻

訓練後、早足でアナキンの部屋へ向かう。行きたくなかったが、ローブを放置しておくわけにもいかない。

意を決して、ドアの前に立つ。すぐに開いたドアの向こうで、アナキンが待っていた。

何か言ってやろうと口を開くと、アナキンはすぐに私の手首を引いて自分の部屋に引き込んだ。

「なっ……!」

抗議する前に、私の後ろでドアが閉まる。薄暗い部屋で、アナキンはすぐに私をを引き寄せた。

「何のつもりだっ」

驚いて彼の手を振りほどき、距離を取って彼をにらんだ。



「ローブを取りに来た。それだけだ!」

「そうだね。確かにそういう名目だった」

アナキンはどこか面白がるように言った。

「名目?違う、ここに来たのは本当にそれだけだ。お前の方はわざわざ部屋まで暗くして、明らかに何か準備してたようだが残念だったな!」

語気を強めて威嚇してみる。しかしアナキンはただ笑っただけだった。こちらの鋭い口調にもまったく動じていない。

「そう?雰囲気づくりが好きなだけさ」

彼は体を私からゆっくり離して壁に寄りかかり、腕を組む。

「ならその雰囲気づくりは失敗だな」

「もう少し僕を評価してくれてもいいだろ。結局、君は僕の部屋に来たんだから」

「ああ、ローブのためにな」

私はアナキンの横を通り過ぎて畳んで置いてあるローブがある椅子に歩いた。アナキンが後ろからついてくるのを感じる。私がきちんと畳まれたローブを手に取る様子を、彼はどこか楽しげな表情で見つめていた。

「ちゃんと洗ってやったんだ。塹壕の泥でひどく汚れてたから」

「気が利くな。次は私の宿舎のリフレッシャーの掃除でもしておいてくれ」

「いいよ、部屋に招いてくれるなら」

その時、アナキンの気配がゆっくりわたしの背後に歩を進めるのを感じた。
 わずかな空気の揺れ。背中に、体温。
 吐息がかかる距離まで、アナキンが静かに近づいてきていた。

「やってほしいことは、掃除だけ?」

彼がさらに身を寄せて、背中にぴたりと身体を重ねる。そしてそっと手を伸ばし、私の後ろ髪をかき上げる。首の肌があらわになる。

「……今すぐやめろ」

「どうして?昨夜の君は、触れられるのが好きそうだった」

アナキンがさらりと私の髪から手を離す。彼の指先が離れたあとも、肌に触れていた感触がじわじわと熱を持ったまま残る。

私はすぐに背中を向けてローブを引き寄せた。けれど、アナキンはすぐさまローブを持つ私の手に自身の手を重ねる。視線を逸らそうとする私の顔を、彼は真っ直ぐに覗き込むように見ていた。

しばしの無言。何も言ってやるものか、という気持ちだけではなかった。何を言えばいいか、わからなかった。

すると、アナキンは短くため息をついた。

「今でさえ、昨夜何もなかったって信じ込んでるのか?」

怒っているというよりも、不満と、どこか呆れたような声だった。困った時に何も言わないことで、自分を守ろうとすることが良くないのはわかっている。自分の悪い癖だ。

とはいえ、アナキンは本当に昔から扱いかねるところがあった。彼はなんでも彼自身の感情に正直で、こちらが準備できていようがいまいが、容赦なく踏み込んでくる。だからいつも、こちらの未整理な感情までも突かれてしまう。


 動揺を隠すように、さっとローブを引いた。しかしアナキンは今度はローブを掴み、手を離さなかった。

「おい、ローブ返せ」

「だって、まだちゃんと話してない」

「話すことなんてない」

「ある」

アナキンは低い声で言った。

さっきまでの軽い調子とは違った。

「今さら、僕から距離を取ろうとしてる。なぜ?僕を受け入れた事実があっても、拒否するのか?」

アナキンはゆっくりローブを親指で撫でながら私を見た。

「……お前は選ばれし者だ」

ぽつりと言った。アナキンは表情を変えない。

「銀河を救うとか、未来を切り開くとか、色々言われてる」

一度言葉を切って、私はしっかり彼を見た。

「掟を破って、道を外れるなんて……。お前がそんなことで失墜したら、みんなが失望する」

沈黙が落ちた。アナキンはローブから手を離して、長く目を閉じた。そしてゆっくり、目を開けた。

「──君が言っているのは、こういうことか」

低く、静かに言った。

「君への感情のせいで、僕が掟を破ることを心配している」

私は何も言わなかった。代わりにローブを胸に抱きしめて顔をそむけた。

「都合よく解釈するのはお前の自由だが、ただの忠告のつもりだった」

「忠告?確かにそうだな」

その声は笑っているようで、どこか苦かった。

「#NAME1#は僕のこと、少しでも愛してると思ってた。だって、一緒に寝たし」

「ぐっ、そ、それは……」

「でも──そうだね、僕たちはジェダイだ。恋愛も執着も、すべて禁じられている」

アナキンは私の言葉を遮ってそう言ってから、ふう、と小さく息をついた。

「聞いて欲しい、#NAME1#。君のことを考えて、やさしい気持ちになったり、苦しいと感じたり……そういうのを、一度も無駄だったと思ったことはない」

「……」

「僕は、自分の心に正直でいたい。それがジェダイの規律に反しているのはわかってる。でも、誰かを愛する気持ちを間違いだなんて思いたくない。

──感じたことに、正しいとか間違いとか……他人に判断をされて、それを押し殺さなければならないなら──それは、僕がタトゥイーンの奴隷で不自由だった頃と決して何も変わらない」

そこまで言ったところで、アナキンは一度視線を落とした。私が何も言わないでいると、彼は再び視線を上げ、ゆるぎなく私を見た。

「たしかに、愛は暗黒面への入り口になるのかもしれない。でも同時に、僕はその感情に救われてもいるんだ。君への想いを否定するほうが、きっと、もっとつらくて苦しい。僕はこの気持ちを抱えたままでも、自分を保てると、そう自分自身を信じたい」

私からの答えを求めているわけでもなく、ただ、彼の確信だけを置いていくように、彼は言った。何をいうべきかと、喉までいろいろな言葉が湧き上がっているのに、形にならない。ローブを握る手に、また力が入る。

「信じたい、って……そんなのただの希望的観測だ」

ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど動揺していた。アナキンはそれがなぜか面白かったようで、一瞬下を向いて短く笑った。しかしその後顔をあげて、驚くほどやさしく私を見た。

「でも、君にも信じてほしい」

そして、それだけを静かに言った。私はその眼差しにもっと狼狽えてしまい、バツが悪そうに目を逸らす。

「#NAME1#、僕を信じてくれる?」

そこにいつもの押しの強さはなく、切実な響きだった。オビ=ワンの言う通り、アナキンは本当に、眩しいほど自分の感情に正直だ。私はしばらく黙って、言葉を選んだ。

「感情に沿って動くと、きっと取り返しのつかないことになるって……ジェダイとして、それだけは避けなきゃいけないって思っていたんだ」

アナキンは目を細めた。怒ってはいなかった。ただ、私の顔をじっと見ていた

「だから、気持ちを優先させるより、こうあるべき、を選んできた。……その方が、何かを間違えたとしても、少なくとも自分を責めずに済む。

──正しい行動することで、少なくとも自分は責任を果たせるって思ってた。でもそのせいで、大切なものを置き去りにしていたのなら……。そう気づくと、自分が何を守っていたのかわからなくなる」

自分でも、何を言っているのかうまくまとまらなかった。ただそれが今、言える限界だった。アナキンは何も言わない。ただ私をじっと見て、それからゆるぎのない口調で言った。

「なら、もう僕から逃げて置き去りにしてほしくない」

その一言に、胸の奥が揺れた気がした。自分の中で築いていた境界線が、音もなく崩れていく感覚だった。言葉で拒む余地はまだあったはずなのに、それを形にする力が、もう今は残っていないかのようだった。

私は何も言わずに、ただその場に立ち尽くした。

そして次の瞬間、アナキンがそっと手を伸ばし、手首を優しく掴んだ。

「このまま帰る?」

その問いかけは優しくて、強制じゃなかった。

しばらく無反応。だけどそれから、ほんのわずかに首を横に振った。

すると、アナキンの手が私の手首から離れる。そして代わりに、その手が私の頬に触れた。

指先が触れるだけで、そこに言葉はもう何もいらなかった。

──  

次の日の朝。

「なーにが『君にも信じて欲しい』だーーー!!!」

早朝など気にせず叫ぶ。そして、ばすっとアナキンの顔に枕を叩きつける。デジャブか?そう、またしても彼のベッドに私たちはいた。アナキンはまだ肩を揺らしてくつくつと笑い続けていた。

「だっていいじゃないか!君が自分の気持ちに向き合う良いきっかけになったんだから!!」

「いいわけあるか!!もう、殺す!いや、スポーツ狩りにしてやる!私のライトセイバーで、お前の自慢のくせ毛を刈り上げてやるからな!!そこ座れ!!」

お互いいい年齢でありながら、本気で取っ組み合う。

何があったかというと、あの後私はアナキンの部屋にそのまま泊まった訳だが、二人で話している時にアナキンがあっけらかんと白状したのだ。『実は昨晩は何も起こらなかった』ということを。というのは、結局二人で飲んで、暑くなって脱いで寝ただけだったという。くわえて、起きた当時はアナキンも酔って寝たからよく覚えていなかったらしい。ただ、シーツに汚れがなかったり、お互いの体もそういう痕跡がないとか、色々な状況証拠から、私が昨日彼の寝室を飛び出した後にアナキンは気がついたようだった。

「なーにが『楽しんだじゃないか、お互いに』だっつうの!ぺろっと嘘言いやがって!」

「僕だって全容を覚えてなくて、でも一緒にベッドにいたんだから可能性はゼロじゃなかったし。本当に、最初はからかうだけのつもりだったんだ!でも、思いの外……ほら、楽しくて」

「ハイパースペースに放り込む!!宇宙の塵になれ!!」

「おい、髪を引っ張るなよ!昨日、選ばれしものがいなくなったら困るって言ってたじゃないか!」

「今の状況なら話が違うんだよ!寧ろいなくなった方がフォースにバランスがもたらされるわ!」

痛そうにしながらも、アナキンは決して笑みを消さなかった。しかしそれから、笑いすぎて出た涙を拭ってからゆっくり口を開く。

「昨日はただ嬉しかったけど、その前の夜のことについて嘘をつくのは間違ってた……本当にごめん」

予想外に真面目な謝罪に、ちょっとだけ返す言葉に困ってしまう。

「……そういうことを最初に言っていれば、今朝の私も枕を投げずもっと寛容になれたのに」

「ならもう言ったし、今夜も一緒に寝てくれる?」

「寝るか!!」

枕をもう一度ぶん投げると、避けもしないアナキンの顔に当たる。彼はそのまま枕を抱きしめて、何かツボに入ったのか、再び笑い出した。流石に悪いと思っているのか、それともただ楽しんでいるだけなのか、アナキンは抵抗もせず私の攻撃を受け入れながら笑い続けているので、未知の惑星の生物をみている気分になる。

──どうしてこんな男をと思ったが、信じると決めたのも自分なのだから仕方ない。私は深く息をついて、ベッドから這い出す。

「先にリフレッシャーのシャワー使うからな」

「何だよ?一緒にシャワーを浴びてくれると思ったのに」

「一人で浴びろ!!」

叫びながら寝室を出た私の背中に、またアナキンの笑い声が響く。笑い声は、今まで聞いたことがないほどにひどく幸せそうだった。その音がまだ耳に残っているのを感じながら、私はリフレッシャーへ向かう。

顔に残った火照りを、湯気で誤魔化せるだろうかと思いつつ。

(触れたその先)

▲top